閃光少女

2026/08/13

これを書いたらネタバレだろうか。
この二年にこだわることの。

私は今、この少女のようだ。
日々、痛みを抱えながら、
それでもその中に光を見て、
今を刻もうとしている。

痛みだけではない
胃腸もおかしい
鼻腔の粘膜まで、痛いなんて。
腰が痛くて、過ごせない上
そこから吐き気が発生し
喉がかすれ
背中が焼けるよう。

命がけ
そんな言葉が過る。

後悔したくない。

喜怒哀楽も経験も
生老病死も気づきも
今まで生きた分を
上澄みを汲み取って
本に、まとめるつもり。

明日のこと
次の人生
勿論あるに越したことはないのだが、 
どこか今、
私は私に
強いフラッシュをたき続けている。

テーマは?と聴かれれば
紛れもない、私自身だ。

あるもの。

2026/08/12

嗚呼、こういうことなのか。。

よく、私の目線での語りの中で
どうしても滲む、仏教。
「あるものを、見る。」
……それが、全然だった。

正直、両親と、
折り合いが悪い時期があった。
けれども体調の不安から、
離れられず実家に世話になっていた。

今、独りになって。
あるものを、活かすしかないなあ。
ようやく、そんな気分になって、
企画も、進み始めたところがある。

実家では、無い無い病で、
内側を見ると、自責他責ばかりで、
ご縁も、血も、恨むくらいだったが、
今、家族を超えてご縁が拡がって、

あ、私のここは、祖父ゆずり。
こういう活動は、父ゆずり。
関係ないけれど、
インコに唄う童謡は、母ゆずり。笑

……満ち満ちていた。
望んで、
「好きなものに囲まれた生活」、
そう言える日々を選んだ……
そんなことも、
少しずつ、思えている昨今だ。

またまた余計なんだけれども、
今日から、鳥子に、
苗字を付けてみた。
清水トリコ。
きよみず とりこ。
漢字+カタカナ表記なのは、
羊文学の、塩崎モエカさんが好きで。。
あともともと、
鳥の虜 なんで……。笑

「鳥子。はぁ。」
そういう名前なんですか……へぇ。
その反応と、数回遭遇。
だから、姓名判断を逆引き。
……なんか、信じられんくらい、
吉、大吉、大大吉。
ただひとつ、家庭運が凶。笑

否!
これから築く家庭については、
姓名判断に任せる気はない。
きっと、ゆっくり
育んでゆける筈だ。

そんな訳で、
発展途上で公衆性もまだまだな今、
しれっと、名前なぞ、変えてみた件。

反芻思考

2026/08/11

反芻しながら思考している。

またやったな……。
喋りすぎた。

顔見知りになることは、
私が露わになること。
見た目然り、
態度然り。

もし、昨日
自灯舎の理念を
超えてしまったのなら、
反省するほかない。

でも、鳥子は。
煩いのだ。
じっさい、鳥のように。

昨日お会いした皆様のように、
言葉を編むのなら、
物静かに、
言葉を大切にするような、
そんな態度で臨みたいのに。
どうしても、まえのめり。

でも、少し考える。
鳥子と自灯舎。

私は、
家で生まれるものについては
なんでも書く。
痛みも、
怒りも、
くだらないことも、
思いついた言葉も。
楽しみながら。

持病の痛みがあり、
動ける日と、
動けない日がある。
仕事をしていない今の私で、
病気がある今の私で、
今宮に暮らしている今の私だからこそ、
動ける範囲と、
動けない範囲がある。
その分だけ、
伴う表現も生まれる。

鳥子は、
たぶんこれからも煩い。

喋る。 書く。
前のめりになる。
人に会えば嬉しくなって、
また喋る。
それでしかないのだと思う。

でも、 自灯舎は煩くなくていいかな。
生まれたものを全部、
外へ出す必要はない。
選ぶ。寝かせる。削る。編む。
そうして、 本にする。

押しつけでもなく、
宣伝でもなく、
自己アピールでもなく。
ただ、 必要な人の手元で
静かに灯るもの。
本については、
ただただ、
灯火でありたい。
鳥子は煩い。
でも、 自灯舎は、
灯火であれば。

屋号と名前を分けているのは
きっと、こんな願いだ。

人と会うのも、人が好きだから。

枝葉は自然に育てば良い。

蛇足だが、
正当化するでもない。
だってこれは
美談ではない。

前略、敷き布団の上から。

にんげんていいな

2026/08/10

余韻醒めやらぬ内に記しておきたい。
コラムだから、
日記化するつもりはないけれど、
今日のこの気持ち。
この刹那、書いておかねば。

飯田市は、新旧混ざった街。
少しずつ寂れた丘の上、
でもリニアが来るとなるとまた。
私の生誕の地、名古熊だって、
誰があんなに発展すると思ったか。

個人的に、
ZINEの企画立ち上げに伴い
興味が興味を呼んでいる昨今。
アカウントを立ち上げて知った、
若い層の頑張り。
居抜きだったりのリノベーションで
街や町の中核になっていく層。
その感覚が掴めていない。
今、私は手探りだ。
長野の空気は少しは知っていた、
けれども、飯田とは?
一役買っている人々とは……?

そして今日
八幡のsoraさんというカフェと
未だ見ぬ(けれども興味ありあり)
鼎のひなみ文庫さんとの
夜のコラボ営業。
フラスコやビーカーで味わうのもあり、
実験だな、と思った。
夜にパフェを食べる。
そして言葉を書く。
お互い感想を書く。
その感想を一言で言うなら

にんげんていいな。
私はそこに、体温を感じた。

夜にパフェを食べる秘め事を
店主さんたちも含め共有して
生まれた言葉は
偶発的な感動だった。
最近では味わえない感情。
詩だったり短歌だったりの、
詠み というイベント。

実は今日、くっそ痛かった(持病)。
でもトリガーポイント注射してでも行く!
半ば泣きながら、泣きそうな空を見て、
The Chemical Romanceの
Welcome To The Blackparadeを聴いたら、
死を想ってしまった。
メメントモリである。

だから、桃のパフェ……
そして詠みの、会。
……黄泉!桃源郷。
私の詠んだのは、
夏の空と盆の入りが掛かったもの。

運転していても常に生まれる
最近の言葉だから、
到着前にはほぼほぼ決まっていたのかな。
実はそうかも知れない。

隣の席の男性は頻りに、

「話し言葉にしても、鋭かったりで……
本当に、選び方が大事。」

と言っていた。
SNSって、実は私も感じるのは
体温のなさ。
なのに火を点ける人間が居るとか
どういうことなの。

言葉ってもっと、美しいでしょ?

ローカルで互いに楽しむ言葉は
緊張を超えて、感動に変わった。
なんていう場に出遭えたのか、
立ち会えたのか、
企画の二店舗それぞれのご夫婦と
今日集まった各々に、陳腐な言葉では
感謝しかないと言ったところ。

飯田の空気は、温かかった。
その時間は痛みも忘れた。

ぼくもかえろ おうちへかえろ
でんでんでんぐりがえって ばいばいばい
朝はゴミの日だ。起きなきゃ
痛みはある。だけど
とても豊かな気持ちで帰れたんだ。

仲間にもコミュ力お化けと呼ばれる。
閑かな会なのに喋り倒した。
楽しかったから。
営業のつもりなんかでは無い
無邪気なご縁は、宝物になった。



p.s.

なんかこのコラム
フォントが小さすぎるのと。
各コラムにリンクが無いと
スクロールばかりで不便なので

そのうち改良します。
そのうち


ルサンチマン。

2026/08/03 - 2

今更、気づいた。

私を責め立てていたのは、
私なのか。

憎い人が居る。

あの人は、
私の心──脳を傷つけた。

一度病んでしまったら、
再起できない人も居る。

漏れなく、
私は社会から零れた。

脳は、
主語を認識しないらしい。

「あの人が憎い。」

その刃は、
私へ向いている。

では、

「あの人は素晴らしい。」

その言葉もまた、
私へ向くのだろうか。

いつか、
癒えるのか。

それは、
まだ分からない。

でも、

本当のプロは、
相手の成功を願うそうだ。

その願いもまた、

自分へ向いている。

そして、母になる。

2026/08/03 - 1

 私は元々、 子を産まない選択をしていた。
だから今になって、 母に成る経験をするとは、 考えてもいなかった。

そして、 覚悟とは、 決めることなのだと、 少しずつ、 強く思うようになった。

私は、私を。
私は、おやたかを。 (※おやたかについては、 本をご覧いただけるとうれしいです。 お手元へ届ける日を楽しみに、 今日も編んでおります。)
私は、 インコの、とこと、とむを。
それらの命を守る。
そして、 彼らの母に成る。

今日は胃腸炎に見舞われた。
家には、 弱い私を待たせて。
強い私が、 買い物へ行き、 銀行へ行き、 薬を買った。
甘えたさには、 蓋をした。

もう、 これらの命のためには、
怒ることも。
選択することも。
私は厭わない。
そう決めた日。
明日、 私がどの道を歩くかも。
インコたちの生活を、 守ることも。
私が決める。

究極、
それが、 私の愛だ。

嗚呼、鳥肌。

2026/07/28 

ほぼ動けなかったここ数週は、
本当に、やきもきした。
実現可能なプロジェクトなのか
皆目、見当が付かなくて。
不安の中で、夢ばかり膨らんだ。

しかし今日。
その夢を掴んだ。
イメージが形になるとは、
こんなに鳥肌ものなのか。

昨日からは、突然動けるように。
それも爆発的に。
しかも、野帳ノートのおかげなのか、
とてもクレバーな状態で。
脳の無駄と傷を取り除く重要さを知った。
いつも縮こまり萎縮していた期間は
なにをやっても、うまく出来なかった。
記憶障害もあったし、なのに自責して
涙も流せない。
あれは……私……だったのだろうか?
そして、今の私とは?
まるで今は芽吹いたばかりの新芽のよう。
瑞々しさすら感じる。
漲る。

まぁ、体調の悪さはデフォルト。
しかし、プロジェクトに取り組み始めてから
病気が糧になっている。
こんな個性、私にしか持ちあわせていない
……はずだ!

どこにも居場所がなかったけれども今
それでも自分からは逃げなかった自分を
逞しく思う。

笑って居よう。
平穏で在ろう。
昇華してやろうじゃないか、
泥の中から咲いたアート。

うつ

2026/07/26 

 世の中には便利な言葉がある。
人にレッテル貼りをする言葉。
……それが好きか嫌いかはともかく、
私がメンヘラかと言えば、リアルメンヘラなので
なんとも言えない、この言葉。

久々の"うつ"だった。
サカナクションの山口一郎さんも
揺り戻しには苦しめられて居ると言うのを聴いたが、
もれなく私も、同じ定型うつを、
何十年も抱えて繰り返し、
ここのところは顔を出さなくなっていた。
けれども。
今回の波は大きかった。

撮れなかった。
編めなかった。
撮ろう/編もう とする私も、
出来ない私も、辛かった。

一生涯、付き合っていくものだろう。
それでも、生活はつづく。

なにもかも、この暑さの所為にしたい。

暮らしの歩幅で。

2026/07/12

 最近、ようやく分かったことがある。

写真を撮ることも。
本を作ることも。
サイトを作ることも。

全部、暮らしのあとを歩いていてほしい。
だから、今日は“体調が良ければ"
パソコンへ向かう。
痛みが強ければ、横になって
スマートフォンで
一万枚を越えた写真を仕分ける。

それでも編集部は動いている。
今日、ほんの少しだけ、ゲラが厚くなる。

この頃、進捗には
あまり拘らず、
代わりに、
「今日はちゃんと暮らせただろうか。」
を問うている気がする。
答えはさまざま。

写真も、文章も、そのあとについてくる。

だから私は、急がない。
暮らしを追い越さない……ようにしたい、という話。

おかげさまで、今日も。

初コラム。DDP

これは、2026年7月5日に
書いたもの。

今年の6月21日。

ある作家の
「夏至点プログラム」に参加した。
YouTubeでの配信に……ではあるが。

その後、今宮の神社へ
茅の輪くぐりに行った。

その作家は、
7月7日までの間に、
"DDP"という、
「目的を明確にした目標」 を
立てると良い、と話していた。

私が立てた目標は、
そりゃあ何より、
体調回復。 ……のはずだった。
気が付けば始まっていたのは、
プロジェクトだった。

相方は、編集部2号、Poco。
旧知の仲だ。
三日三晩……いや、
それ以上だったかもしれない。
ふたりで理念を語り、 編集会議を続けた。

あの雑誌の、
あの空気のような紙の余白。
フォント。
そして、込めたい想い。
本の役割。
仕事の仕方。
(やると決めたらやる割に、
燃え尽きることも多い。
だから体力的にも、
仕事は分散させよう。
そんな自戒を込めたルールも作った。)
編集部の運営はどうするか。
写真をどう選ぶか。
……作品を作る前に、
作品を育てる土台を作っていた。

その時間の中で、
一つ気付いたことがある。
私の中には、
まだ表現したいものが残っていた。
そして、
まだ形になっていない感覚が、
静かに出口を探していた。
でも、
「発露を見つけた」 という意味とは、
少し違う。

……ここから約二年間。
この土台の上で写真を撮る。
撮りためていた写真もある。
完成は、 約一年半後。
限られた、 この町での二年。
初めて、 自分の意思で生きられる二年。
責任を引き受けて生きる二年。
それは、 命への責任。

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作家さんとは、
さとうみつろうさんのことです。
アーティストでもあります
(サノバロック、好き。)
いつも私のよな羊さんに、

※「よな」は、「ような」を
語呂のために縮めた表現です。
キリスト教の
「迷える子羊」を重ねた、
私なりの言い回しでもあります。

目から鱗のようなお話を、
最近は楽しみに配信を
拝見しています。

旧暦や暦の大切さを、
少しだけ知ったように
感じた出来事でもありました。