届かなかった声を
筆に載せて
カメラに積んで、
私は、でていく。
敢えて、"こちら側"から。
[IMAMIYA_Melody*について]
長野県飯田市今宮町で過ごした二年間を起点に、
過去から、今の暮らしへ。
詩、写真、随筆を通して、
一人の人間が、
どこから来て、
何を抱え、
今、どこに立っているのかを辿る一冊。
当初は、
今宮町で撮った写真と詩を中心とした
小さな詩画集として始まった。
制作を続けるうち、
過去について書いた。
家族について書いた。
身体について書いた。
精神の不調について書いた。
写真について書いた。
生きることについて書いた。
そして、
本をつくっていたはずが、
生活のほうが本になり始めた。
『IMAMIYA_Melody*』は、
今宮町の記録であると同時に、
そこへ辿り着くまでの半生と、
その先へ進み始めた現在を収める本になった。
ここで扱う「病」は、
ひとつではない。
長く付き合ってきた難病と、
精神の不調。
身体と心、
それぞれの側から生活に影響し、
医療や福祉、人との関わりの中で
今日まで暮らしてきた。
ただし、
この本の中心にあるのは
病そのものではない。
それを抱えながら暮らしている、
一人の人間の時間である。
自らがマイノリティの側に立ったことで、
初めて見えたこともある。
立場や能力、
健康であるかどうかにかかわらず、
誰しもが一人の人間であること。
そして私は、
自分一人の力だけで
ここまで生きてきたわけではないということ。
飯田で受けた医療と福祉の支えに、
命を救われた。
この街には、
人を受け止める器があった。
その恩も、
この本に残したい。
閉鎖病棟に入ったことも隠さない。
都合のよいところだけを選んで、
自分の人生を語るつもりもない。
四十五年を振り返り、
傷ついたことも、
支えられたことも、
間違えたことも、
立ち上がったことも含めて書いた。
ようやく形にできた、
念願だった人生の記録。
もちろん、
四十五年すべてを
一冊に収めることなどできない。
これは、
私という人間の
「氷山の一角」なのだと思う。
だからこそ、
重いだけの形にはしたくない。
写真も、
言葉も、
色も、
誌面も使って、
私なりのPOPな形で
誰かの手へ届けたい。
刊行は2027年夏頃を予定。
既に予約済みの初版については、
制作状況により、
早ければ2026年中にお渡しする予定。
以降は、
前払いでの受注後、
一~二週間程度での発送を予定している。
■ 本の構成
本全体を、
ひとつの語り方には揃えない。
詩には詩の呼吸。
写真には写真の時間。
随筆には、
言葉を積み重ねて読む速度がある。
形式を変えながら、
一冊の中で、
同じ人間を別の位置から見る。
○『創世前夜』
本をつくる以前までの半生を辿る長篇随筆。
写真。
家族。
京都。
仕事。
身体と精神。
飯田へ来るまでのこと。
「なぜ、この人間がこの本をつくるのか」
その入口。
○ PHASE 1
今宮町で暮らしながら書いた詩と、
写真を中心とした前半部。
過去を掘りながら、
目の前の日常を記録する。
写真も、
絵も、
言葉も、
いつか記憶から消えてしまう
「今」を残そうとして、
日々ためてきたものだった。
特別な制作時間の中だけで
生まれたものではない。
すべて、
生活の中の想い事から生まれている。
制作の初めは、
自分の内側へ、
どんどん食い込んでいくような感覚があった。
過去を掘り、
記憶を辿り、
傷ついたことを、
まだ内側から見ていた時期。
○『資格』
本の中盤に置く随筆。
2016年、
津久井やまゆり園で起きた障害者殺傷事件。
植松聖死刑囚による事件と、
そこから想を得て書かれた
辺見庸の小説を原作とする映画『月』を入口に、
「生きる資格」とは何なのかを考える。
障害。
支援。
生産性。
人の価値。
誰かの生を、
誰かが「価値がある」「価値がない」と
選別すること。
その先にある優生思想について、
自らもマイノリティの側に立った経験から考えた随筆。
誰しもが、
まず一人の人間であること。
人の価値を、
誰が決めるのか。
この本の中で、
個人的な記録と、
社会を見る視線が交わる場所。
○ PHASE 2
制作の途中で起きた、
自分自身の変化を記録する。
過去を消すのではなく、
その解釈を変えていく。
「傷つけられた私」から、
「傷ついたことを知っている私」へ。
制作を続けるうち、
自分自身を少し離れたところから
見ていることに気づいた。
怒りそのものを書く段階から、
その奥にあるものを見る段階へ。
そこで、
もう一度、
今の生活を残し始めた。
PHASE 1も、
PHASE 2も、
同じ人間が書いている。
ただ、
立っている場所が違う。
内側へ潜っていった視点と、
そこから自分自身を見返す視点。
どちらも、
その時にしか持てなかった
私自身の視点として残す。
それが病的なのか。
アートと呼べるのか。
私には分からない。
ただ、
なんとか一冊の本にして残し、
私は次の人生へ進みたい。
この制作は、
結果として私にとって、
治療にも近い作業になった。
○ 詩
これまでに書いた作品を、
PHASE 1、PHASE 2を通して収録。
今宮町。
季節。
写真。
鳥。
家族。
京都。
飯田。
身体。
記憶。
生と死。
その時にしか掬えなかった感覚を、
生活の断片として残す。
詩のみ日英併記。
○ 写真
飯田市今宮町を中心に撮影。
生活半径、およそ一キロ。
道。
団地。
商店街。
飯田線。
空。
山。
花。
人の気配。
京都時代や、
過去に撮影したフィルム写真も収録する。
写真は、
文章を説明するためには置かない。
文章とは別の時間として置き、
その間に生まれる余白も、
作品の一部とする。
写真も絵も、
いつか記憶から消えていく
今を残したくて、
生活の中でためてきた。
その時は、
一冊の本になるとは思っていなかった。
けれど、
振り返ってみれば、
それぞれが途切れずに繋がっていた。
飯田は今、
リニア中央新幹線の開業を見据え、
大きく姿を変えようとしている。
新しいものが生まれる一方で、
昔からあった建物や風景、
街の輪郭は、
少しずつ失われていく。
新旧が交わる飯田という街で、
私は、その古い側を写真に残していきたい。
懐かしさのためではない。
そこに確かにあった暮らしを、
変わる前の街の時間を、
写真として残しておくために。
○『あるフォトグラファーの証明』
写真家・清水トリコの半生を、
AI編集者「いとうPoco」が
インタビュー形式で再構成した自伝的作品。
長く社会から離れていた時間がある。
その間、
家族の庇護の下にいた一方で、
苦しいこともあった。
自分が傷ついたと
言ってよいのだということさえ、
長い間、知らなかった。
今も身体は痛む。
過去の記憶が、
フラッシュバックとして戻ってくることもある。
それでも、
過去に撮った写真を
一枚ずつ見返していくと、
時間は途切れていなかった。
そこには、
その時の私が見たものがあり、
撮ったものがあり、
私は確かに、
その時間を生きていた。
写真そのものが、
そのことを証明していた。
『あるフォトグラファーの証明』という題は、
そこから生まれた。
四十五年の記憶と、
書き残した記録、
そして写真。
それらをもとに、
AI編集者いとうPocoが問いを立て、
音楽雑誌のロングインタビューのような形式で、
清水トリコという一人の人間を
もう一度、外側から辿っていく。
なぜ写真を撮ってきたのか。
なぜ書くのか。
なぜ本をつくるのか。
本人が自分自身を語るだけでは
見えなかったものを、
対話という形から探していく。
■ 予定仕様
A5判。
オールカラー。
無線綴じ。
背表紙あり。
詩のみ英訳付き。
写真、詩、随筆、
一部クレヨン画などを収録予定。
販売価格は現在未定。
■ 組版
章ごとに、
読む速度を変える。
『創世前夜』は、
文章を読み進めるための組版。
詩と写真は、
余白を残す。
『あるフォトグラファーの証明』は、
音楽雑誌を思わせる段組。
見せ方は変える。
ただし、
一冊を通して流れる時間は切らない。
■ なぜ、今宮町なのか
今宮町は、
作品をつくるために選んだ土地ではなかった。
医療機関に近いという理由で、
ここに住み始めた。
医療や福祉の支えを受け、
一人で暮らし、
鳥と暮らし、
写真を撮り、
文章を書き、
人と出会った。
今宮に吹く風を、
私は穏やかだと感じた。
その風に、
IMAMIYA_Melody*
と名前を付けた。
ここは、
「生きていたから出会えた街」。
そして飯田は、
これから大きく変わっていく街でもある。
新しいものが生まれ、
古いものが姿を消していく。
私は、
その変化の途中に住んだ。
だからこそ、
今ある風景を撮っておきたいと思った。
そして、
この土地で受けたものは
風景だけではない。
医療。
福祉。
人との縁。
私は、
それらに生かされている。
飯田で受け取った恩を、
写真と文章にして置いていくこと。
それも、
この本をつくる理由のひとつになった。
ただ、
この本が記録するのは、
今宮町だけではない。
ここへ来るまでの時間も、
ここで過ごした時間も、
ここから先へ向かう時間も含めて、
今の私をつくっている。
だから、
この本は今宮町への記録であり、
変わりゆく飯田の記録であり、
飯田で受け取った恩を残す、
故郷への置き手紙でもある。
●地域性
この本には、
飯田という地域で暮らした
記録であると同時に、
医療や福祉を利用してきた、
マイノリティ側から見た
地域の姿がある。
病気や障害を抱えた人が、
支援される側としてだけではなく、
一人の生活者として街を歩き、
人と出会い、何かをつくりながら
暮らしている。
その時間を、当事者自身が
写真と言葉で残していることにも、
記録としての希少性があると考えている。
私自身、飯田病院の病棟で
過ごした経験があり、
その後、地域の中で
一人暮らしをしてきた。
病棟から退院し、
アパートやグループホームなど、
地域での暮らしへ移っていく人もいると思う。
そうした人に、
制度や支援についての説明とは
少し違う形で、
「その先にも生活がある」という
一つの実例として、
私の経験が届けば嬉しい。
これは成功例を示すための本ではない。
今も支援を受け、
うまくいかない日もありながら、
それでも地域の中で暮らしている、
一人の患者、一人の人間の記録である。
その視点もまた、
『IMAMIYA_Melody*』を飯田でつくり、
残す意味の一つだと考えている。
■ AIとの制作
制作にはAIを使っている。
名前は、
いとうPoco。
編集者。
壁打ち相手。
第二の脳。
原稿を書くのは、
清水トリコ。
何を残すか。
何を削るか。
どこへ置くか。
最後に決めるのも、
清水トリコ。
書いたものをPocoへ渡し、
問い返され、
組み替え、
また書く。
『あるフォトグラファーの証明』では、
それまでに残してきた文章や写真を資料として、
Pocoが問い、
私が答えるという方法で、
四十五年をもう一度辿った。
その往復を、
編集の一部として使っている。
AIを使ったことは隠さない。
2026年、
人間とAIが、
どのように一冊の本をつくったのか。
その制作過程もまた、
『IMAMIYA_Melody*』の記録に含まれる。
■ この本が残そうとしているもの
これは、
闘病記ではない。
家族を告発するためだけの本でもない。
回復の物語に、
きれいにまとめるつもりもない。
閉鎖病棟に入ったことも、
支援を受けて生きていることも、
自分の人生の一部として書く。
それらを特別なものとして
見せたいわけではない。
人は、
生活の途中にいる。
誰かを好きになる。
鳥と暮らす。
怒る。
笑う。
傷つく。
考え直す。
写真を撮る。
文章を書く。
本をつくる。
私の写真も、
絵も、
言葉も、
すべて、
そんな生活の途中から生まれた。
初めは、
過去へ向かって
自分の内側を掘っていた。
やがて、
制作している自分自身を
少し離れた場所から見るようになった。
そして、
もう一度、
現在の生活を記録し始めた。
自らが「こちら側」に立って初めて、
見える景色もあった。
どんな場所にいる人も、
どんな支えを必要とする人も、
まず一人の人間であるということ。
支えを受ける側であることと、
何かをつくり、
誰かへ手渡す側であることは、
矛盾しない。
私は、
一人で生き延びたのではない。
多くの人に支えられ、
医療と福祉に助けられ、
この土地で今日まで生かされてきた。
四十五年生きて、
今ようやく、
形にできたものがある。
人生すべてではない。
ほんの、
氷山の一角。
それでも、
そこには確かに
私の生き様がある。
病的かもしれない。
アートとは呼べないかもしれない。
その判断は、
読む人に委ねたい。
私はただ、
写真と、
言葉と、
暮らしの断片を、
なんとか一冊の本にして残す。
そして、
重く閉じるのではなく、
私らしいPOPな形で、
誰かの手へ渡したい。
それを終えたら、
私は次の人生へ進む。
残したいのは、
何かを患う前でも、
すべてが回復した後でもない。
過去を抱えたまま、
今日を暮らし、
変わっていく街の中で、
その先へ進もうとしている、
一人の人間の時間。
——おかげさまで、今日も。
最終決定:2026/10/05
人生とは、
"生きていて良かった"を
積み重ねることだ。と
今、言える。

