
言葉を紡ぐ人。
無常と刹那の写真家。
1981年1月21日、長野県飯田市生まれ。
大谷大学短期大学部で仏教を学び、
真宗大谷派(親鸞)を専攻。
仏教や親鸞の知識よりも
"考える方法"を学ぶ。
詩・写真・随筆を中心に制作し、
小さな編集舎「自灯舎」
代表・編集長を務める。
線維筋痛症、
境界性パーソナリティ症(BPD)とともに
暮らしながら、
日々の生活や記憶、
生きてきた時間を
言葉と写真で記録している。
2027年夏、
長野県飯田市今宮町で過ごした
二年間を綴る
『IMAMIYA_Melody*』を刊行予定。
半生を振り返り、
自分の「生」への気づきと、
そのうえでの現在の生活から生まれた
随筆・詩・写真・クレヨン画などを
収録する。
セキセイインコのペア二羽と暮らす。
生活で掲げているのは、
「おかげさまで、今日も。」の精神。
おかげさまで、今日も生きられました。
おかげさまで、今日も楽しめました。etc...
完全な回復には、まだ至らない。
通院治療を続け、
痛みや不調を抱えながらも、
とりあえず、その日いちにちを
全力で生きている。
だから私は、
生活を、追い越さない。
清水トリコの作品について
詩、写真、随筆、クレヨン画。
ひとつの形式に決めず、
そのとき必要な方法で、
生活と記憶を残している。
私が扱うのは、
大きな出来事だけではない。
鳥と暮らすこと。
痛くて動けない日。
季節が変わること。
誰かと出会ったこと。
昔の写真を見つけたこと。
今日を、なんとか暮らしたこと。
そういう小さな出来事と、
半生の記憶を重ねながら、
作品をつくっている。
病気や障害についても書く。
けれど、
「病気の人」「障害のある人」 という
説明だけで 人間を終わらせたくはない。
支援を受けながら暮らす人も、
街を歩く。
季節を感じる。
恋をする。
鳥をかわいがる。
写真を撮る。
怒る。
笑う。
本をつくる。
私自身が、
そういう一人の生活者だからだ。
完全に回復してから
過去を振り返っているわけでもない。
今も通院し、
痛みや不調のある生活の途中にいる。
その途中だからこそ 書ける言葉がある。
回復すれば、
良くも悪くも 消えていく感覚もある。
だから、 今のうちに残している。
私の作品は、
「克服した人の記録」ではなく、
生きながら、 暮らしながら、
自分の人生を
少しずつ引き受け直している人間の記録だ。
長野県飯田市に生を受け、
下諏訪町、
上田市を経て
長野市で育つ。
進学で京都市に移り住み、
新卒で横浜市、東京都板橋区へ。
その後いったん長野市に戻り、
現在、飯田市。

