
◇精神と回復、そして、
制作動機について◇
回復に向かう今と、今宮町のこと、
制作動機にも触れています。
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親子関係や、幼い頃からの経験は、
大人になってからも
終わらないことがある。
私にとって、
家庭で受けたしつけや教育の一部や、
受けた言葉の数々は、
のちにトラウマとして残った。
また親子関係だけでなく、
信頼していた人との関係で受けた傷も、
長く私の生活に残った。
私も、
両親との関係のなかで生まれた傷を、
長く言葉にできなかった。
過去の出来事は
過去に置いてきたつもりでも、
生活のなかで不意に
フラッシュバックとして現れ、
心身の痛みや不調と重なった。
線維筋痛症と、
境界性パーソナリティ症(BPD)と
ともに暮らし、
現在も通院治療を続けている。
回復は、過去をなかったことにする
作業ではない。
また、すべてが解決して、
二度と苦しくならなくなることでも
ないと思う。
自分に起きたことを、
自分の言葉で捉え直すこと。
自分の真意を
メタ的視点で眺めること。
支えを受け取ること。
傷ついた自分を、
これ以上ひとりにしないこと。
私にとってのブレイクスルーは、
そうした小さな選び直しの
積み重ねの中にあった。
『IMAMIYA_Melody*』では、
半生と現在の暮らしを辿りながら、
その経過にも触れている。
これは誰かの人生を
裁くための記録ではない。
増して、美談ではない。
悲劇でも、ない。
傷ついた人が、
生き延びたあとに、
どんな生活をつくり直していけるのか。
その一例として、
私の現在を書いている。
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今暮らす今宮町は、
当初、病院に近いという理由で選んだ。
けれど、飯田市が
私の故郷であることも重なり、
今ではこの土地に
深い愛着とアイデンティティを持っている。
そして、ここを舞台に
一冊の本を著すことに決めた。
治療中の今、
苦しみや葛藤から生まれる言葉は、
回復が進めば、
良くも悪くも消えていく。
だから、今のうちに遺す。
ここで起こる自分のこと。
暮らしと、季節。
言葉は、 誰かの暮らしとも
重なることがあるかもしれない。
けれど写真は、
この土地に暮らした記録として、
なるべく今宮町を中心とした
半径一キロほどの範囲で撮っている。
